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動植物を愛でる

生物に「どうしてお前はそうなんだ?」と問いかける。

私が動植物を好きになった理由

(約5200字)

目次

●主張したいこと

●山の奇妙な世界

●ザリガニの命・強さ・弱さ

●育てるということ

●好きになるほど遠い存在になる

●子を見る

●のめり込む

●どうして?

●知識はそれ自体から始まるのではない

 

 

 

●主張したいこと

 これを書いた理由は漠然としたものです。昔よりも川や山に子どもがいないと感じたり、デング熱による蚊という害虫の再認識、従来の殺虫剤が効かないスーパーゴキブリやネズミの出現など、人間VS昆虫のような図式が一般化しているように思います。

 しかし昆虫の世界は科学技術と密接につながっています。たとえばチョウの翅の撥水技術は構造的に生活用品に利用されており、一部は販売されています。人間にも負けない生体技術が小さな昆虫に詰まっているのです。これを知らないということは将来理系としての道の一つを減らすことになります。昆虫の可能性を垣間見ると同時に、昆虫に触れるということがどういうものなのか知ってほしいと思います。犬猫を飼うのはいいのに、植物はいいのに、昆虫がなぜ敬遠されるのか、これを見て少しでも気が変わったらうれしいです。

 

昆虫の科学技術について書かれた本↓

mynature365day.hatenablog.com

 

 植物は勉学における良い機会だということを書いた記事↓

onbullshit.hatenablog.com

 

  さて「好きになった理由」とは言ったものの何が決定的となったかは覚えていません。物心ついたときにはカブトムシ・クワガタムシアメリカザリガニという子どもが大好きな御三家を好きになっていましたから。

なるべく時系列に沿ってみましょう。

 

 

●山の奇妙な世界

 父が連れて行ってくれたことを覚えています。いつも21時に寝るように言われていたものですから、深夜2時頃の暗闇は未知の世界でした。車で知らない暗闇の道を走り、シャクナゲと書かれた看板を寝ぼけ眼で見送りました。

 沢沿いに着くと樹液のチェック。他の家族連れも見えました。自分も来ておきながら夜の山に人が集まるのが滑稽で、人間も何かに引き寄せられて集まる昆虫のようでした。

 探すといました。いっぱい。

スズメバチの重い羽音と、自分の目の前で顎をカチカチと言わせる威嚇音。樹液に夢中なカミキリムシの機械的な顎の動き、捕まえたときのキュイキュイというゼンマイのような音。モンシロチョウとはケタ違いの大きさのシロスジトモエ(蛾の一種)。

人間とは違う。

人間にはできない。

人間ではなれない。

子ども心に強烈な実感でした。

それぞれの個体に魅せられると同時に、自分が寝ている時間帯にこんなにも様々な生き物が音を立てているのかという不思議さ。

 夜明けを迎えて山から遠ざかるとき、妙な寂しさを胸に感じたことを覚えています。あの奇妙な連中から離れて行ってしまう。また人間の世界に戻る。車の窓から見る山々は自由そのもので、今度は自分が虫かごに入っている気さえしました。

 ところで、横の席に置いていた虫かごの中ではミヤマクワガタムシが、小さいコクワガタムシをバキバキいわせながら挟んでいました。コクワガタムシは死んでしまいました。この現象は後に深く学ぶことになります。

 

 

●ザリガニの命・強さ・弱さ

 今は水が止められて雑草が生え放題になっている用水路にも、しっかりと魚類と甲殻類が棲んでいました。そこは家から走って5秒でした。今は全速力で走っても10秒かかる川に行かないと水は流れていません。昔は用水路という用水路に水が流れていましたが、雑草の良い土壌になっています。

 ザリガニといえば大きなハサミ。赤黒いトゲだらけの体。捕食するカッコよさ。絶対王者のような貫禄を感じざるを得ない。捕って捕って捕りまくりました。

 

mynature365day.hatenablog.com

 

 そんな幻想はある一晩で崩れ去ったのです。大漁に捕って満足し、バケツや水槽に入れておきました。しかし野外で。

翌朝見ると当然、残骸が散らばっていました。猫の仕業です。10匹近くが尾をなくした状態で力なく庭に放置されていました。水槽とバケツで生き残っている数を足しても少し足りません。鳥かイタチが持ち去ったのでしょう。アリは残骸に列をなし、ハエがザリガニのハサミや目に止まっていました。とっさにアリの列を踏みつぶし、ハエを殺すつもりで追い払いました。でも目に映るのは相変わらず尾のない死体、生気のない目、尾が付いていたところから垣間見える色が濁った臓器でした。

 泣きじゃくりました。理由はありませんでした。一つの命が一つの命を捕食するのは感動します。子どもの言葉で言えば「カッコいい」です。しかしそれが見えるのは一対一の対立構造、一か八かの弱肉強食のランクが上下でつながっている場合に起こることです。上下のランクが離れていたらひとたまりもありません。私はその状況を人工的に準備してしまっていたのです。

 「山で見たスズメバチ」、「山で見たカミキリムシ」、「山で見た蛾」でもない。私が家の庭で見ていたのは「自然下ではない生物」、エサだったのです。

 私はキャッチ&リリースを覚えました。捕まえたものは捕まえたままにしない。コイツは自分のものではない。コイツは自身のものでもない。自然にいる、自然が持っている何かであると思うようになりました。

 

 

●育てるということ

 「エサはエサ・弱肉強食は弱肉強食」を覚えた私は、捕ってきた状態を維持するのではなく、育てることを意識するようになりました。環境は何が良いか、エサは何が良いかを考えるようになります。ザリガニの脱皮も「脱皮した」という観察ではなく、「脱皮させる」という世話の表現を使うようになりました。自分のモノではなく自然の生物として扱うようになったということです。

 

mynature365day.hatenablog.com

 

 

●好きになるほど遠い存在になる 

 少数で大事に飼えば飼うほど、それにかかりっきりになるため、毎日川や山に行くことはなくなります。エサ探しで行くことはありましたが。

 ザリガニであれば身近なエサはミミズ、ニンジン、ほうれんそう、淡水生の貝、メダカなどです。家庭の生ごみでもザリガニは食べてくれます。ただし無農薬野菜であることが必要です。

そして、ある日突然パタリと死んでしまいます。何の兆候もありません。自然下でもあることですが、何かを見抜けなかったのかと振り返りますが何もわかりません。何回も飼いますが、それでも原因不明の突然死は起きます。

 カミキリムシも似たようなものです。カミキリムシは生態的に長く生きられません。シロスジカミキリムシは日本で一番大きなカミキリムシで人気ですが、成虫になってから1か月と経たず死んでしまいます。ほかの種類のカミキリムシでもマニアが飼って約8か月が限界です。カブトムシやクワガタムシと同じ環境に入れただけではもって1週間。当時は無力さを何度も噛み締めました。

 「自分では飼えないかもしれない」

そう思いながら川や山で手に取って遊んだ後、元に戻していました。そういう時期がありました。知れば知るほど、自分の手元にいるのがもったいないと思うようになりました。自然にいるときの輝きを何回も見させられると、気が滅入ります。特にタマムシのようなカラフルな個体を見るとなおさらです(ちなみにタマムシの虹色と、CDの虹色の光沢は構造的には同じ原理です。面白いですね)

 しかし昆虫のことから離れたくはない。そこで読書に走ることになります。親が買ってくれたザリガニの本、世界中の昆虫を掲載した本を読みました。ザリガニの本にはザリガニの生態のほかに臓器の位置や脱皮のプロセスなどがイラストで描かれており、生物を学問として学んだ始めてのことでした。世界中の昆虫を集めた本は奇怪な形をした生物のオンパレードでした。カブトムシやクワガタムシもすごいのですが、私が驚いたのはマイマイカブリです。

 マイマイカブリとはカタツムリを食べるムシです。長細い首をカタツムリに突っ込む様子が、カタツムリを被っているかのように見えるのでその名があります。私は驚愕しました。カタツムリを食べるやつがいるのかと!雨の下校時に片腕に5匹くらいくっつけて遊んでいたあの硬いカタツムリを食べられる生物がいるとは!私は世界のマイマイカブリのページにクギ付けになりました。まさか日本にもこんな奇想天外なやつがいるとは思いもよらなかったのです。

読書熱が加速すると同時に、「やはり一緒にいなければわからないことがある」と思うようになりました。

 

初心者向けの図鑑↓

mynature365day.hatenablog.com

 

 

●子を見る

 小学時代を終えて、中学生になりました。中学生になって、かつて一緒に川へ入っていた友達は離れていきました。部活やスポーツ・恋愛へとシフトする中で私は部活・ゲーセン・昆虫でした。友達がいるから行くのが部活とゲーセンで、独りでもやるのは昆虫関連でした。これだけはやめられなかったのです。

 夏になって川へ行くと数人の子どもがいました。小さいのを捕ってはバケツや小さな虫かごに入れていました。私は離れたところで大きいのを捕ってバケツに入れておきます。私がバケツから離れると子どもたちは興味津々です。

「どうやって捕ってんのー?」

学校とは関係ない、どこに住んでるかも知らない子どもたちに教授することになりました。学校外での人のかかわりで大きく関与したのはこれが最初です。大きいザリガニを見たときの驚嘆の様。まるで自分を見ているようでした。

 

 

●のめり込む

 時はまた流れて高校時代に移ります。柔道の先生が気に入らなくなり、部活の代わりにアルバイトをすることになりました。月平均7万円。ゲーセンにも使いましたが、水槽設備をそろえるにも十分な収入です。高性能な設備で大きなザリガニに育てようとしたりします。また、親戚の方から熱帯魚をもらった影響で水槽がドンドン増えていきました。繁殖させるのが楽しかった。おかげで家の一部の床は傾いてしまっているのですが。ご愛敬です。

私の場合はこのように広く浅くで生物とかかわっていきました。 様々な生態を知るのがなんとも楽しい。私の原動力は「人間とは違う」という子どものころに感じた不思議さだったのでしょう。

 

 

●どうして?

  大学を卒業してもなお中途半端な社会的立場です。それでも昆虫とかかわることを断つことはできません。ですが自分の身の上は昆虫にかまけていることが原因ではありません。私の育ちや性格が問題なのです。昆虫はただ存在するだけです。

今はコケ植物にハマっています。普通の植物とは違ってコンクリートや岩に生える種もありますから、「どうしてそんなところに?」と思って環境を推測するのが楽しいです。

 

mynature365day.hatenablog.com

 

 難しいことは書いていない記事。コケにもこんな種類があるんだということがわかります。

mynature365day.hatenablog.com

 

 様々な動植物のマニアが登場します。ストーリーはコケ中心です。

mynature365day.hatenablog.com

 

  

●知識は、

それ自体から始まるのではない

 小学生の時、砂場を地中深くまで掘っていたら木片が出てきました。うろ覚えですが、地元の博物館に持っていくと1週間後に500年くらい前の木と言われたことがあります。コケは食べると苦い。ザリガニはしっかり調理すれば案外イケる。

 知識を学んで知っても、使えなければ意味がない。そして経験しなければ知識にはならない。知識を知れば知るほど経験せずにはいられません。ザリガニの臓器を勉強すれば解剖したくなる、これが探求心です。

 理解をするには百聞は一見に如かずだと思います。理解しようとする気持ちがなければ一生理解できなくなります。エジソンの親は彼の気持ちを汲んで地下室を専用の実験室に改造しました。エジソンは「母親がいなければ今のようにはならなかった」と回想しています。

 気持ち悪いのはわかります。私もゴキブリは触れませんし、ほかにも気持ち悪いと思う昆虫はいます。とはいえ思考停止はいけません。知ると意外なことがわかって面白いです。理解と経験は成長を促します。とても、良いものです。

 

家で遭遇したゴキブリについて書きました。

mynature365day.hatenablog.com

 

 

mynature365day.hatenablog.com

 

 ITの時代ですが、ITだけの世界はありえません。昆虫を科学に応用しようとする学問は理系として将来性のある選択だと思っています。人間以外の生物がいない世界は存続不可能だからです。私たちはアリがいないだけで生きられない世界にいるのです。

 タイムスリップできるなら私は昆虫を勉強する学問に進みます。そういう仕事をします。何時間でもかかわっていられる。ストレスなんて感じない。時間を忘れて仕事をするでしょう。

「大好きを仕事にする」

私は悪くないと思います。

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